愛人を求めるという行為
物事を考えた時に表裏がありますが、愛人については顕著になると思います。
表、既にパートナーが居るにも関わらず他の人を愛するのか。
裏、他の人を愛することにより今のパートナーとの関係を続ける、言わば代償行為のような考え方です。
皆さんもご理解していると思いますが、正解などあり得ません。
必ず理屈はある筈なのですが愛人になる、愛人を持つというのは、一種本能的な好悪や背徳という感情による行為になりますから、それらには後付けの理由を考えるしかありません。
「愛」は生き物の中でも極僅かな種類にしか存在しませんから。
感情論は人間が追求する、永遠のテーマなのかもしれませんね。
愛人を求める人は、生物学的な考えでは子孫繁栄になりますが、もっと感情的な部分に正直な人なのかもしれませんね。
しかし、未婚の独身の男女の間には「愛人」という枠に入る言葉はありません。どちらかの相手が結婚していて初めて出てくる、関係を表す言葉です。
この愛人を持つという行為は、既婚者であるパートナーにしてみれば許し難い事です。でも当人が愛に満たされていなければ生まれない行為でもあります。
パートナーのせいなのか、愛に飢えやすいせいなのかは解りません。性欲だけならば、それこそ色々な方法がありますが、愛情によるならば難しいことです。
同じ考えの人はいませんし、同じ身体を持つ人もまたいません。違う立場や違う考え方があるから「愛人」を求める人が存在するのだと思います。
十人十色の愛人関係
立場が無い人は居ませんが、愛人になろうとした相手がたまたま家庭を持っている可能性もあります。
相手に会うのが彼、彼女よりも一歩遅くなってしまったのはどうしようもありません。
運が悪かった、というよりは悲劇的ですね。
愛人の在り方は愛を求める以外にも、金銭的な援助のためにという場合もあります。お金のために不確定な心と愛を担保に相手に取り入る関係になる訳です。
愛人と言う蓑に隠れて利用し続ける関係です。
前者のような信頼関係や、明確に金銭のみを目的にした不純な関係も、あり方はそれぞれの責任の元に自由ですが、どうでしょうか。
目に見えるものは多くありますが、愛は全く見る事ができません。
そして、愛人の定義は曖昧で、両想いの関係が続いていたり、お金の力で囲われていることもあります。それでも間違いなく愛人です。
単純に愛に飢えているのであれば、愛人は必要になります。キャバクラやホストクラブ、出会い系サイトで愛をくれる人を探します。
そうした中で出会えた運命の愛人とも言っても過言ではない様な相手は、純粋な心です。
運命の愛人には、偽物にはなりません。立場も平等で愛し合う純粋な関係です。
関係の好悪はまずありますが、二人が本気で愛し合えば退く事も出来ませんから、犠牲者が出てくる可能性がありますよね。
一方、愛に飢えている人が探しているのは、人を探しているのではなく愛を探している事が多いのです。愛に満たされれば前の自分に戻る事でしょう。
あなたが、愛人を探すときにどうなるかは、その時の愛の形に因るのでしょうね。








